パーソン・センタード・ケアとは1980年代末にイギリスの臨床心理学者トム・キッドウッド氏によって提唱された認知症介護の理念です。その名の通り「その人を中心とした」という意味であり、認知症を持つ方を一律に捉えるのではなく、あくまでも一人の人として尊重し、ケアを行なっていくというものです。ここで大事なことはどんな人にも個性があり、これまでの人生や人間関係など、様々な要素を踏まえてケアを行っていく必要があるという事です。
かつて認知症を持つ人たちは何もできない人、何もわからず奇怪な行動をする人と考えられ、施設の中では決まった時間におむつの交換や入浴介助といった流れ作業的なケアをするのが一般的でした。しかしキッドウッド氏はそれに疑問を持ち、自ら率いる研究チームと共にケア施設に赴き、膨大な時間をかけて認知症を持つ人々を観察しました。そしてその結果、人として尊厳を傷つけられることが彼らの状態の悪化につながっていることがわかったのです。例えば失敗したときに「こんなこともできないの?」と馬鹿にされる、物を扱うように扱われる、騒ぐからのけ者にされるなどがケア現場で日常的に見られるものでした。そのような現場では初めは怒りをあらわにしていた人々も次第に諦めてテーブルに伏して過ごすようになり、最終的には生きる意欲さえ無くしてしてしまうことに繋がっているとキッドウッド氏は指摘したのです。そしてキッドウッド氏はこれらの問題は職員個人だけの問題だけではなく、「どうせ何もわからないし、何もできないのだ」と決めつけている職場風土に問題があるとし、認知症を持つ人々の見方を職場全体で変える必要があると感じ、【パーソン・センタード・ケア】を提唱しました。
従来は「認知症を持つ人」という言葉の中で「認知症」の部分ばかりに着目して、「アルツハイマー病のせいで奇妙な行動をとるようになった」と捉えるのが一般的でした。この見方では認知症は医療分野で扱う問題であり、ケアの力で本人の状態を良くすることなど考える必要もありませんでした。しかし同程度のアルツハイマー病の人であっても必ずしも同じ行動をとるわけではありません。「人」の部分、つまりその人独自の要因に着目することで悪化しているように見える状態もケアによって改善できるかもしれないと見方を変えることで職場風土を変革する第一歩となりうるのです。キットウッド氏はさらに目の前の認知症を持つ人々の行動や状態は、認知症の原因となる疾患のみに影響されているのではなく、その他の要因との相互作用であるとし、以下のようにまとめました。
まず初めに挙げられるのが脳の障害です。これは認知症の原因として最も多いアルツハイマー型認知症において記憶障害が起こり、行動に最も影響を及ぼすと考えられています。そして認知機能が衰えることでそれまでできていた事ができなくなり、大きな不安や不快感を覚えてしまいます。二番目に筋力や視力の低下、合併疾患などの身体の状態です。なぜなら健康状態は認知症の行動、心理状況に影響を及ぼすからです。いつもとは違う突発的な行動の裏には思わぬ病気や体調不良が隠されていることが多いのでこまやかな関りでの気づきが必要となります。三番目に職歴、趣味などのこれまでの生活歴です。これまで歩んできた人生によって物ごとの考え方や捉え方は大きく異なります。それは認知症になっても変わりません。その人自身の過去を知ることは認知症患者を知る手がかりとなります。具体的には生い立ち、生活歴、過去の職業、習慣やこだわり、人間関係など過去の情報と現在の生活にずれはないかなど体験と行動を結びつけて考えます。そして四番目に気質、こだわり、行動パターンなどの性格です。これは前述の生活歴と内容が少し重複する部分がありますが、本来の生活傾向によって対処方法は様々であるため、元々の性格や傾向をしっかりと把握し、正しい対処をするということです。最後にその人を取り囲む環境、社会です。認知症になると物忘れや時間、場所が分からないなどの知的な能力の衰えが見えます。しかしながら感情やプライドは豊かに残っていて、周囲の人がどのように自分のことを思っているのかをこれまでより敏感に感じ取っています。
以上のように認知症患者と接するうえで留意しなければならない点はたくさんあり、認知症患者一人一人の個性を見てあげることが大事です。そして「認知症の方を一人の人間として尊重してケアしていく」ことでその人と真に向き合っていくことができます。このことからも今一度認知症ケアのあり方を考え、今後今より少しでも認知症患者の方々が住みよい社会になることを願います。
引用
・イギリス生まれの新潮流! パーソン・センタード・ケアって何? | HELPMAN JAPAN
・パーソンセンタードケアとは?認知症ケアの考え方と活用例を徹底解説 |ミンナノミライ (sykz.co.jp)
・パーソン・センタード・ケア | 健康長寿ネット (tyojyu.or.jp)