ユマニチュードは「人間らしさを取り戻す」という意味を持つフランス語の造語で二人のフランス人体育専門家イヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティが開発したケアの技法です。病院職員の腰痛予防プログラム指導者としてフランス文部省から派遣されたことをきっかけに二人はこの分野での仕事を始めました。ケアの現場で彼らがまず気付いたことは専門職が何でもやってあげているということでした。例えば立つことができる力があるのに寝たままで清掃したり、歩く能力のある人にも車椅子での移動を勧めたりというような事です。二人は本人が持っている能力をできる限り使ってもらうことでその人の健康を向上させたり、維持することができると考え、その人の持つ能力を奪わないための様々な工夫を重ねながら現場でケアを実践していきました。
認知機能が低下し、身体的にも脆弱な高齢者の方々にケアを行なう時、ある時は穏やかにケアを受け入れてもらえるのに別の時は激しく拒絶されることがあります。その原因を考え続けた二人は、ケアが上手くいく時と行かない時では見る方法、話す方法、触れる方法が異なっていることに気が付きました。さらに人は立つことによって生理学的な効果のみならずその人らしさ、つまりその人の尊厳が保たれることからこの4つの要素見る、話す、触れる、立つを「ケアの4つの柱」と名付けました。そしてケアを一つの物語のように一連の手順で完成させるケアの5つのステップで構成する「ケアの5つのステップ」で構成するケア・コミュニケーション技法(ユマニチュード)を編み出しました。「ケアの4つの柱」とは具体的にどのような物なのでしょうか。
4つの柱はあなたを大切に思っていることを相手にわかるように伝える技術です。相手をどんなに大切に思っていても、また優しくしたいと思っていても、その気持ちは相手が理解できるように表現しなければ相手には届きません。ユマニチュードの4つの柱はケアを受けている人に対して「あなたは私にとって大切な存在です」と伝えるための技術です。ここで重要なのはこの四つの柱は一つだけでは上手くいかないということです。ケアをする時にはこの柱を同時に複数組み合わせて行うことが重要で、このことを「マルチモーダル・ケア」と呼びます。つまり複数の「マルチ」、要素「モーダル」を使ったコミュニケーションによるケアを行います。ケアとは幅の広い概念であり、医療、介護に携わる専門職や家族が行うことはみんなケアであると考えます。誰かとコミュニケーションを取る時、私たちは無意識のうちに言葉による、または言葉によらないメッセージを相手に伝えています。とりわけケアを行う時には言葉によらないメッセージが重要な役割を果たします。
ユマニチュードではこの言語・非言語メッセージを双方向に交わしあうコミュニケーションによって、ケアをする人とケアを受ける側が良い関係を築くことをケアの目的としています。まず4つの柱の一つ目である見る技術です。私たちが相手を見るとき、多くの場合仕事の対象を見ています。しかし見ることで相手を大切に思っていることを伝えるためには、仕事の為の「見る」だけでは十分ではありません。
見ることが伝える言葉によらないメッセージは例えば同じ目線の高さでみることで「平等な存在であること」、近くから見ることで「親しい関係であること」、正面から見ることで「相手に対して正直であること」を相手に伝えています。また、例えばベッドサイトで寝ている人に向かって話しかける時、そんなつもりはなくても見下ろすことで「私の方があなたより強い」という非言語の否定的メッセージが届いてしまいます。
話す技術においても見る技術同様ケアをする際にいくつか注意しなければならない点があります。例えば「じっとしていてください」、「すぐに終わりますから」などのフレーズはよく耳にしますが、これらのフレーズもそんなつもりはなくても私はあなたに命令していますと捉えられかねないのです。これでは相手に優しさを感じてもらうことはできません。話す時も話すだけではなく、相手のことを大切に思っていますと伝えるための技術を使います。低めの声は「安定した関係」、大きすぎない声は「穏やかな状況を」、前向きな言葉を選ぶことで「心地よい状態」を作り出すことができます。また相手から返事がないとき、私たちは次第に黙ってしまいます。
無言の状況は「あなたは存在していない」と伝える否定的なメッセージのため、ケアの動きを前向きな語彙で表現するオートフィードバックという方法を用います。このオートフィードバック方法とはケアの場に言葉をあふれさせる手段として非常に有効です。
次に触れる技術です。ケアを行う際、例えば着替えや歩行介助などをする際必ず相手に触れていますが、相手をつかんでいるという意味では無自覚です。つかむ行為は相手の自由を奪っていることを意味し、ここでも話す技術同様「広い面積で触れる」、「つかまない」、「ゆっくり手を動かす」などに留意したうえで鈍感な場所(背中、肩、ふくらはぎ)などから初めて敏感な場所(手、顔)へと進みます。最後に立つ技術です。ジネストは1日20分立つ時間を作れば能力は保たれ、寝たきりになることを防げると提唱しています。そこでこれはトイレや食堂への歩行、洗面やシャワー等を立って行うことで実現できます。以上が「ケアの4つの柱」です。これらの4つのケアの要素を柱に①出会いの準備(自分の来訪を告げる)、②ケアの準備(ケアの合意を得る)、③知覚の連結(いわゆるケア、④感情の固定(共に良い時間を過ごしたことを振り返る)、⑤再会の約束(次のケアを受け入れてもらうための準備)といったステップで実行していきます。
フランスでは約35年ほど前からこのユマニチュードは認知症患者に用いられ、様々な状況に応じた150の技術があり、フランス国内では広く普及しているそうです。
何でもやってあげることが優しいわけではなく、できることは自分でやる。しかしながら寄り添う時はしっかりと寄り添う。フランスの認知症ケアは、「愛の国フランス」ならではの本当の意味での思いやりのケアだと感じます。
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